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He's Dreamin' in the Moon

『月読の夢』 
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ヤマブキ王国物語 謹賀新年編

 遅くなりましたが、華麒さん(笑)からのリクです。
 ジャンルはテニスですが、知らない方でも読める内容になっています。ファンタジー風味が強いので、名称に違和感が生じるかも知れませんが。相変わらず妙なところでリアリティ追求してます。
 目を労わるとか言いつつ退屈で思わずやっちゃいました♪
 興味のある方はどうぞ。お持ち帰りもご自由に。



『ヤマブキ王国 謹賀新年編』
 

 射干玉(ぬばたま)の夜に、色とりどりの花が咲く。

 新たな年を歓迎する、ヤマブキ王国最大の行事『新年早々花火大会』は、今年も窓が凍りつくような寒さの中で開催された。
 轟音と共に、ぱらぱらと崩れ落ちる薄氷を見て、黒衣の男が呆れたように呟く。

「…どーなっとんのや、この国は」
「このクソ寒ぃのに花火……正気の沙汰じゃねぇ」

 同意したのは、やけに威厳のある青年だ。仕立ての良い青いマントと銀鼠の長衣が、嫌味なほどに似合っている。
 二人とも目を見張るような美丈夫だ。群集の中にいれば、すぐさま衆目の的となりそうなものだが、行き交う人々は誰も彼らに目を止めない。
 近隣諸国でこうも盛大に新年を祝うのはヤマブキ王国だけだ。それゆえこの時期には毎年大量の旅人がやってくる。ちょっと見慣れない人物がいるからといって、気にしていたらキリがない。
 だが、目立たない理由はそれだけではない。彼らは自らの気配を巧みに押し殺していた。【目的上】できるだけ静かに、面倒な事態を起こさぬようにせねばならないからだ。

 その意味では人選からして間違えていると嘆息しつつ、黒衣の男   今はオシアノスと名乗っている   は同行者を見遣った。据わった目で花火を見上げている青年   今の名はアトス   は、故国では名の知れたトラブルメーカーなのだ。これまでのところ十分過ぎるほど大人しくしてくれているが、今回はいつ暴れだすかと思うと、楽しみで堪らな頭が痛む。

 オシアノスの故国はヤマブキ王国から程近い雪国だ。ヤマブキ王国以上に冬は厳しく、他の季節は短い。当然農作物も一部を除いてあまり期待できない。
 それでも軍事大国としてその名を知られる強国でいられるのは、偏に名産品の葡萄と桜桃(さくらんぼ)のおかげだ。他国のそれと比べ、格段に甘く濃厚な味わいがあり、圧倒的な人気を誇る果実たち。原理ははっきりしないのだが、寒暖の差が激しいという気候がその味を生み出しているのではないかと言われている。

 その名産品の地位を脅かす技術がヤマブキ王国で開発されたらしい。
 実際、この一年で果実の取引価格が二割も落ち込んでいる。ヤマブキ産の安い果実が流通するようになったからだ。食べ比べてみれば、ヤマブキの果実は格段に劣る。しかし、人材を武器とするヤマブキ王国は、保存可能期間を大幅に広げる画期的な技術を編み出すことで、寡占状態だった市場に割り込んできたのだ。
 このままでは故国は危機に陥る。オシアノスとアトスに泥棒指令が下されたのも無理はなかった。

「しかし、こうも暢気に騒がれちゃ気が抜けて仕方ねぇな」 
「ほんまや。ほれ、アトス見てみ。あっこの兄さん目ぇキラキラさせて花火見とるで」
「お前、そんなもん面白くも何ともないだろうが」
「そう言わんと見てみ。やー、ええ顔やわ」

 十歩ほど離れたところに、その男はいた。ざくざくと肩の上辺りで切られた黒髪に、同じく黒い瞳の若い男だ。
 二人よりも二、三年少だろうか。群集の大多数が持っている魚の形の菓子を腕一杯に抱えて、それは楽しげな表情で空を見上げている。夢中になり過ぎて食べかけの菓子から中身がこぼれているのにも気付いていないようだ。

「アレが『良い顔』なのかよ」
「何をゆーとんのや。思わずアノ不気味な物体食うてみても『ええ』かも知れん気分にさせてくれる『顔』やんけ」
「ハン。てめぇのセンスはマジでなってねぇな」
「何やて!? 俺様何様ア…トス様なお前にだけは言われとーないわ!」
「あぁ!? 俺様が何だと?」

 少しずつズレていく会話。高ぶる語調。それでも気配を消す努力だけは怠らない   筈だったのだが。

「あんたら、どこから来たんだ?」

 突然の朗らかな声に、オシアノスは凍りついた。

「ヤマブキの花火大会は初めてなんだろ?」

 続く問いに、強張る表情筋に根性を込めて、極上の笑顔を作る。

「やー、そうなんや、そうなんや。ヤマブキの新年は何やオモロイ聞いてな、いっぺん見とこうって話になったんよ」

 振り向きざま視界の端に映ったアトスも、いつもの傲慢な笑みを浮かべて平静を装っている。
 完全に溶け込んでいた筈の彼らに気付いたのは、さっきの黒髪の男だった。花火を見ていたのと同じ、楽しげな笑みが真っ直ぐにこちらを見つめてくる。

「楽しんでるかい?」

 アトスが唇の一端を皮肉げに吊り上げた。

「ハン。楽しんでるのはてめぇだろ」

 男はちょっと目を瞠って、それからくしゃりと破顔した。

「そりゃあ新年だからな。ヤマブキじゃ新年を楽しまずに過ごすのは、喪中の人間か、運のない衛兵くらいのもんさ」

 誇らしげに言い、男は食べかけの魚の菓子を口に放り込む。

「ひゃはらふまふはいははほいはらはめほへ」
「…食い終わってから話さんかい」

 間抜けな発音にがらがらと崩れそうになる警戒心を奮い立たせながら、オシアノスは突っ込みを入れた。
 男は手振りで謝り、一息に菓子を呑み込んだ。

「悪い。つまらない諍いならやめとけって言いたかったんだ」
「何でだよ?」

 アトスの不機嫌な問い。男は太陽のように笑った。

「さっきも言っただろ。新年だからさ!」

 そして食べろとばかりにあの奇妙な菓子を差し出してくる。

「えーと、俺らにくれるん?」
「ああ。うまいぞ。ヤマブキ名物ヤマメ焼きだ」
「…ヤマメ? 川魚か?」
「ああ。ヤマメの形してるだろ? 名前だけで中身は豆を潰したのとか栗とか色々あるんだ。豆が一番多いんだけど、初めてで豆はキツイだろうから、林檎と干し葡萄入りのをやるよ」

 干し葡萄。その一言にアトスの目がキラリと光った。

「そいつは全部ヤマブキの作物でできてんのか?」
「ヤマメ焼きはヤマブキの物しか使わないよ。たまに奮発してヒョウテイの使うらしいけど、俺は食べた事がない」

 食べて感想を言い、その延長で世間話に持ち込めば、ヤマブキ葡萄について自然に聞き出せる好機になる。
 オシアノスは一瞬アトスと視線を合わせた。長い付き合いだからできる目での会話というやつだ。

「ほな、遠慮なく」

 まずオシアノスがヤマメにかぶりつく。濃厚な甘い香りが鼻腔を駆け巡った。

「! ほんまにうまい!!」

 純粋に感動して、男に向かって叫ぶ。アトスも驚きを隠せない様子だ。美食に馴れた舌も、この味には及第点を出したのだろう。
 小麦の生地は外側がパリパリと硬く、内側はふんわり柔らかい。林檎の煮込みも、林檎本来の食感を損なわない程度に止めてあり、噛んだ瞬間にえも言われぬ絶妙な食感を与える。そして贅沢に散りばめられた干し葡萄。これがまた香りといい食感といい、林檎と互いに引き立てあっていて…   つまるところ、かなりおいしい。

「だろ? 去年は果物の出来が良かったから、今は最高の食べ頃なのさ」
「へえ、何や最近ヤマブキの葡萄がおいしゅうなったて評判やもんなぁ」

 頭も尻尾も残さず平らげて、話を振る。男は照れくさそうに苦笑してみせた。

「いや、別に味自体はそこまで変わってないんだ」
「でもおいしゅうなったんやろ?」
「あー、まあ結果的にはそうなんだけど…」

 きょろきょろと辺りを見渡して、付いて来いと促す男。まだヤマメをくわえているアトスと共に、その後を追う。
 男は夜店の一つで足を止めた。

「おっちゃーん。『水なし氷』いっこ貰えるかー?」

 快活な声に、恰幅の良い親父が何やら白い物体を投げて寄越した。男はそれをオシアノスに手渡す。何気なく受け取って、そのあまりの冷たさにオシアノスは飛び上がった。

「な、何やねんコレ!?」
「おっと。気を付けろよ。ちょっと同じ場所に当ててると凍傷になる」
「早よ言わんかい!」

 氷とは次元の違う冷たさに、両手の間で転がすようにして対応する。腑に落ちない顔をしているアトスに放れば、アトスもまた飛び上がった。

「うおっ、冷てぇ!」

 わたわたと騒ぐ二人に、男は呵呵大笑してみせた。

「そいつが葡萄の秘密さ」

 氷以上に冷たく、氷以上に長持ちな『水なし氷』は、つい昨年発明された。一瞬で冷却するため、生物を新鮮な状態で長く保存することができる優れものだ。今は国内のみで流通しているが、その内他国へも輸出する可能性が高い。
 そう説明した男も、火山から出る気体と大理石が必要だという事以外、『水なし氷』製造法については知らないようだ。

 親指の爪ほどしかなかった『水なし氷』は、男の話を聞いている内に消えてしまった。『水なし』というだけあって、アトスの掌には液体も残されていない。完全に消えてしまったのだ。
 なるほど、届け先までの所要時間に合わせた大きさで準備しておけば、ある程度新鮮さが保たれた作物だけが残り、『水なし氷』の存在が知られる可能性は限りなく零に近付く。諸国で噂にも上らない訳だ。

「オモロイなぁ。ほんまにオモロイ」

 目を輝かせたオシアノスに、男はそうだろうと言いたげに微笑を浮かべた。


 その後、男は二人を『水なし氷』の工房に案内してくれた。新年なので操業してはいないが、翌日からは稼動しているから見学に来ると良い、との勧めに、オシアノスは一も二もなく頷いた。
 そうして、快活な男にいつの間にか最初の警戒心をすっかり奪われていた事にも、別れ際に男が申し訳なさそうに苦笑した事にも、結局男の名前を聞けなかった事にも、二人は全く気付けなかったのだった。


 翌日、工房で待ち伏せしていた警備兵に捕らえられたオシアノスとアトス   ヒョウテイ国のオシタリとアトベ   は、王宮で驚愕の光景を目にする事になる。

「悪い。俺、王様なんだわ」

 玉座の上で、男   ヤマブキ王ミナミ   が太陽のように笑っていた。

  
   FIN


 後書

 07年クリスマス&08年お正月リクエスト企画、唯一の参加者華麒さんからのリクエストで『テニス物の続き』でした。忠実にお応えした…つもりです。時間さかのぼってますが(汗)。こんなんで宜しいでしょうか?

 ちょっとネタばらしを。
 ヒョウテイの葡萄と桜桃の話、あれは山形県の葡萄がモデルです。山形の葡萄が甘いのは、寒暖差が激しすぎる気候に対応すべく、果実が頑張って糖分を作るからなんだとか。
 『水なし氷』は言わずもがなドライアイスです。オーパーツにも程がある(笑)。
 あとオシアノスは古代の海の神様です(アキレスのおじいちゃん)。アトスは…三銃士から。三銃士もいつかテニスでやってみたいんです。

 ヤマブキ王国は華麒さんのお誕生日に書いた話が元です。ミナミは人の警戒心をぶち壊す稀有な才能の持ち主という設定(笑)。その内そっちもアップしようかと。時系列で言えばこの謹賀新年編の方が先なんですけどね。

 ここまで読んで下さった皆様、ありがとうございました!

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